車いすヨーロッパ旅行記(1)

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出発する前に

列車でヨーロッパ旅行? そう、可能なのです。これはロンドン出発7ケ国15日間のバックパック旅行記です。

地元の旅行会社がとても興味のあるコースをパッケージしてきたので、メールしてみたのが全ての始まりでした。どこでも車いす使用者が受け入れられた訳ではなく、中には健常者の付添いが条件というところもありました。そこで私は敢えてこれに挑戦し、賭に挑んでみようと思ったのです。2001年3月末か4月末出発の2人分を求めて、色々な格安チケットを出している航空会社に問い合わせてみました。しかし時期的に旅行シーズンのピークである夏に向かっているため、残念ながらこの時期のチケットはほとんど売り切れ状態でした。結局、チケットに関しては、1997年にハワイ旅行のボランテイアでツアーガイドをして下さった ローレンス・イー 氏のお世話でやっと入手することができました。

それはマレーシア航空便で、2001年5月4日から17日間の日程でした。確認を取った後、私は直ちにメールでホステルやホテルの予約状況を調べました。宿泊に関してはエレベーターの有無と料金などを話し合いが必要だったので、決定するのに手間がかかりました。オンライン予約でさえ、どのメールにも特別なトイレや部屋は必要ないと、いちいち明記しなければなりませんでした。出発間際になってから予約の確約をとるために、私のクレジットカードの提示を要求されて、戸惑うこともありました。最悪だったのは、イタリアのインターネットサービス・プロバイダーでしたが、それでも我々はめげませんでした。つぎに、あらゆる予約に対応してくれるトーマス・クック旅行会社へ行き、1等車のヨーロッパ15日間ユーレイル・パス割引チケット(一人470米ドルで欧州17ケ国周遊)を求めました。それが4月10日でした。

訳者註:チアさんは1953年生まれの49歳で、自立して生活しています。生後8ヶ月で小児まひに罹り、車いす生活をしています。
旅行記中に出てくる「相棒」はチアさんの無二の友人で、僧侶です。障害がありますが、歩くことはできます。車いすを押したり、旅のよい仲間として、この旅行でチアさんと行動を共にしました。
なお、このお二人は2002年10月に日本を旅行しました。その旅行記ができあがるのが楽しみです。

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第1日(5月4日、金曜日)
シンガポール発、クアラルンプール乗換え、ロンドン着

午前5時にシンガポール空港のターミナル2に到着後、銀行で8種類の通貨に両替した。7時30分頃、クアラルンプール国際空港行きが1時間遅れで飛び発った。マレーシアのクアランプール空港に2時間いたが、スカイ・トレインに乗ったり、空港内をあちこち探索したりして過ごした。USドルで払って食べた食事はなかなかおいしかった。安全確認をした後、1時間遅れで午前11時に搭乗した。ロンドンのヒースロー空港に同じ日の午後5時45分に到着した。ランプトン通りにある「シビック・ゲスト・ハウス」へはタクシーで行き、15ポンド払った。


B&B経営者のモーリンさんはとても親切な人だった。私たちがワーテルロー国際駅行きの列車に乗るのにより詳しい情報が必要だったとき、ホテルの受付の女性が手助けをしてくれた。彼女はどの区域が車いすで利用可能なのか、駅へ電話をして調べてくれたのだ。でも悪いことにエレベーターは提供されておらず、受け入れられないとのこと。4kmほど離れたところにあるハウンズロー国鉄駅とハウンズロー地下鉄駅についてはよくわからないとのことだった。
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第2日(5月5日、土曜日)
ロンドン発、ユーロスターでパリ着

朝食はお決まりの英国式で、シリアル、豆、ソーセージ、ベーコン、卵、トースト3枚だった。 曇天で、冷たい風が吹いていて、相棒は2,3度くしゃみしをしていた。ぶらぶら歩きベル通りを過ぎ、見落としていた橋に出て、丁度そのたもとにある駅に着いた。何人かの高校生に出会ったので、道順などを聞いた。 3.8 ポンドで片道切符を買って列車に乗り、午前10時15分にワーテルロー駅に到着。障害者カウンターで午後12時53分発の予約を確認しようとしたが、コンピューターでは確認できず、1時間に1本出ている列車のどれかに乗らざるを得えなかった。午前11時24分発の列車に決めた。上階のB24ゲートから20分前に乗り込むとすると、もう30分しかない。駅長がエスカレーターまで案内してくれた。特別料金の車いす乗客の1等車はサービスの点で最高だった。ワインや料理は美味しく、乗り降りやトイレなどはボタンを押せば自動的に扉が開く。ユーロスター即ち21世紀の海峡トンネル列車は時速300qでロンドン〜パリ、ロンドン〜ブリュッセルの三都市間をわずか3時間で結んでいる。時差の関係で 1時間早くユーロスターのパリ北駅に着いた。パスポートにスタンプを押 してもらいたいのだが、どこへ行っていいか分からない。誰も気が付いてくれないし、警官は我々の頼みを聞いて面倒くさそうな態度をとった。ようやく目的の場所を見つけてスタンプをもらうことが出来た。


先ず、アドバイスを受けるためにインターナショナル・インフォメーション・センターを探さなければならなかった。次に今回の列車旅行全部の予約をするため、英語の列へ並んだ。その予約は有料だった。アムステルダムではオンラインでは申し込めない駅ということで我々が出くわした唯一の難関だった。私が手助けを頼んだら、2人の地下鉄職員が来てくれて、地下へ行くエレベーターやエスカレーターに乗るのを手伝ってくれた。15フランで片道切符を買って、その後 RER (高速郊外鉄道)のA線 (Red Line) を探した。どのプラットフォームなのかはっきり分からなかったので、ちょっと迷った。駅員に聞いたら、電光板の行く先の赤丸を見るように言われた。これは公共の交通機関(地下鉄)を使う最初の経験だった。20センチの段差を乗り越えるのに、誰か方法を知っている人がいれば問題はない。約20秒で自動ドアーが閉まるまでに乗り込ませてもらえるのだ。乗るときはまるで岩に何度も登るようなものだった。スリ注意のアナウンスでうるさかった。

ヌイリー・プレザンス駅で降りた。この駅は下が交差点になっていて、そこを跨ぐようになっていた。相棒は「パリ GIS ホテル」が見えたとき、ビュッフェスタイルの朝食込みで380フランというホテルだと言って喜んでいた。30段もある階段を降りなければならないので、インターホンで助け求めた。駅には車いす用エレベーターがあるというのでしばらく待っていたが、誰もそのカメラのモニターには現れて来ない。一人の男性が見かねて、車いす用エレベーター(しばらく使用していないらしい)を操作してくれた。フランスでは若い通行人の力を借りなければ、どうしようにもないのだろうか。複雑な交差点を渡ったときには方向を見失っていた。やっと反対側にあったホテルへほとんど誰の助けも借りずに辿り着けた。
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第3日(5月6日、日曜日)
パリ観光


ビュッフェスタイルの朝食の後、一日乗車券を勧められた。先ず、印象的だったのはエッフェル塔。その駅から見えるので、川にかかっている鉄橋を渡ればすぐのように感じられた。でもそこにはエレベーターが見当たらない。全て危険きわまりなくて、急な鉄製の階段だけだ。駅に引き返してもう一度乗り、別の駅で降りた。しかしフランスの駅は通勤者達が言っていたように、我々を受け入れてくれる体制はほとんど整っていなかった。普通の乗客も狭くて高いところまである階段を使わなければならない。ひどく意気消沈して、ホテルへ戻った。2時間後再び挑戦ということで、列車に乗り込んだ。相棒は偶然にもパリ・デイズニーランドへ行くところだという乗客と話をしていた。


パリ・デイズニーランドには午後12時15分に到着。15フランでオレンジジュースとスナックを買い、入場するのに長い列に並んで待たねばならなかった。警官がミニチュア・エッフェル塔の行商や大道芸などに違法はないかと馬にまたがって取り締まってい た。反対側に「プラネット・ワールド・スタジオ」が見えた。我々が使っている一日乗車券ではそこに行けないので、別に15フランで切符を買って入ったが、やはり見る価値はあった。午後2時20分にコイン・ランドリーへ行って洗濯を済ませた。日曜のせいか、あたりは静かで交通も激しくなかった。コンビニエンス・ストアとトルコ料理店が開いているだけだ。そこでトルコ風ビーフステーキと、マトンの焼き肉スライスを挟んだフランスパンを買って食べた。ホテルへ戻り、従業員に我々を車で観光に連れ出してくれるよう誰かに頼んでくれと言ったが、あいにく誰も手が空いておらず、かといってこの都市でハイヤーを頼んで観光するには高過ぎた。
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第4日(5月7日、月曜日)
パリ観光、夜パリ発

10時にタクシーを予約する。朝食後タクシーを待つ間、美しい建物と花に囲まれたスーパーマーケットに行った。エッフェル塔までのタクシー代220フラン。高さ320メートルのこのエッフェル塔はフランス革命の時(1889年)に建てられた。ユーゴスラビアの車いすに乗った女の人に会う。彼女には母親が付き添っていて入場券売り場の所でスタッフが身障者用のエレベーターを用意するのを待っていた。我々の仲間は切符を買う長い列の前の方に場所をとってくれた。入場料は47フランもしたが、3階からのパリ市街の眺めは素晴らしかった。暗くなると噴水とネオンの光が夜空に輝いて美しいという。外は風が冷たく絶えられなかったので、中に入りピザ(38フラン)を食べた。そこにはいくつもの土産物屋があった。1時間後に降りたら切符売り場は依然として混雑しており、長蛇の列が続いていた。バス乗り場も同じ状態だった。


「凱旋門」、「エリゼ宮」、「ルーブル美術館」、「ノートルダム寺院」、そして古い駅舎を改装して作られた「オルセー美術館」などなど見どころが多くて、とても1日では見切れない。数日は必要だ。セーヌ川に浮かぶロマンチックな遊覧船、橋、広い並木道 ― それらはみな周囲の景色と溶け合ってすばらしい景観を呈していた。相棒は鼻が詰まって気分がすぐれず、我々はそれ以上進むことは出来なかった。

次に我々は午後7時33分の夜行列車(寝台車)に乗るために、タクシーで(80フラン)リヨン駅に行った。午後4時30分に駅に到着。列車の出発までにはまだ十分時間がある。簡単に夕食をとり、朝食のためにミネラルウオーター、ケーキ、果物を買った。我々が列車を待っている間、ある人たちは慌しく往来し、またある人たちはゆったりと電光掲示板を眺めていた。私はハトに餌をやっているひとりのジプシー女を注意深く見ていた。一羽の太ったハトに近づくや、彼女は持って来ていたバスケットに、ハトを掴んで素早くその中に押し込んだ。一体あの時何事が起こったのか未だに分からない。

14時間23分のローマへの列車の旅は、ガタガタと騒々しくて眠れないだろうと想像していたが、思っていたより快適だった。しっかり6時間は睡眠をとり、午前4時50分トイレに行くために目が覚めた。ブラインドを開けると、強烈な光線で目が見えなくなるかと思うほど眩しかった。これで朝なのだろうかと目を疑った。窓からの風景 ― 谷川を横切る鉄橋、山々、そして町。フランス超特急列車は快適な乗り心地だけでなく、行く先々の美しい景色も楽しませてくれる。



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