東京−札幌 特急列車の旅(2)

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10月14日(月曜日)

札幌へ

4:30に起床。6:58発の列車に乗るため荷物をまとめて早めにチェックアウトをした。上野発盛岡行きのその列車に乗り遅れたら大変だ。列車の予約確認のため、6:15には駅に着いていた。時速300キロの新幹線「やまびこ号」はすべるように発車し、乗り心地は抜群。相棒は駅で弁当を買った。私は早朝の冷たい弁当は体に良くないのではないかと、買うのをためらっていた。それにこんなきれいな車内で物を食べていいのだろうかと思った。彼が美味しそうな弁当を気にしながら食べているのを見て、私も急に空腹を感じた。その時、車掌が検札に回ってくるのが見えた。かわいそうに相棒は、「車内を汚さないで下さい」と車掌から注意されるのではないかと、ひやひやして朝食を楽しむどころではなかった。30分後、女性の車内販売員が弁当や温かい飲み物を積んだカートを押して入ってきた。そばに来たとき、彼女のネームカードにはJRのロゴマークが見えた。私は鮭、野菜、卵などが入った弁当を朝食として800円で買った。9:18に盛岡駅に到着。次に10:19発の函館行きの急行列車「はつかり」に乗り換えた。この列車には障害者用の座席がない。それで4時間半、電話ブースに居るしかなかった。何度もトンネルをくぐり、橋を渡った。窓からの眺めはすばらしく、列車は静かな海岸線に沿って走っていた。午後2:38函館駅に到着。JRの駅員が反対側にある次の乗り継ぎホームまで車いすを手で押して運んでくれた。15:04発の札幌行き「スーパー北斗」に乗り換えた。これには新幹線と同じく障害者用座席があり、必要なときにすぐ使える押しボタン式トイレがついている。窓からの眺めもすばらしく、乗り心地は申し分ない。札幌に近くなるとぐっと寒くなってきた。日本での最初の列車旅行で経験したJRスタッフのサービスのよさは忘れることは出来ない。列車は予定通り発着し、車掌や販売員のマナーもよく客室への出入り時にはいちいちお辞儀をする。私は返礼すべきか迷ってしまった。

時間通りに18:18に札幌に到着。札幌は人口180万、日本で5番目に大きい都市、北海道の道庁所在地である。札幌ステーション・ホテルへの道順を尋ねた。前方の階段のところにある螺旋状のスロープの右端が車椅子用だと、すぐにわかった。教えられたとおり,セブン・イレブンを目指して進んだ。DPI世界大会には多くの人が出席するので、ホテルの予約が本当に取れているだろうかと心配だった。予約の確認をすると4泊が確保されていたのでホッとした。1泊12,650円でトイレつきのツインベッドルームだ。ホテルを予約するときは、トイレがついているかどうか尋ねたほうがいい。1707号室の鍵を受け取り、いつものように観光名所を尋ねた。札幌はラーメンで有名だそうだ。受付の女性は、このホテルから2、3軒先にある店を勧めてくれた。2、3分も行かないうちに、その店は見つかった。狭い席につくと、待っていたウエーターが何とか英語でメニューの説明してくれた。札幌は味噌ラーメンで有名なだけあって味は抜群だ。露天での立ち食いもできる。ショッピングセンターやデパートの地階で食品売り場を見て回るのも楽しい。家庭ではお目にかかれないような、美味しいものが見つかってわくわくすること請け合いだ。いろいろ考えた挙句、うどんと日本そばの店に決めた。この店のお勧め料理を聞いてみたかった。スープには薄味と濃い味の2種類がある。濃い味の方にする。700円のこの麺の歯ごたえもよく、色合いも香りも美味しそうで、待ったかいがあった。日本の食堂は宣伝がうまく、入り口のショーウインドウにはプラスチック製の見本が値段付きで並んでいる。時間があるときのお勧めは、オフィス街のビル地下食堂で食べることだ。手ごろな値段で楽しめる。

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10月15日(火曜日)

札幌(藻岩山)

帰りの切符の予約をするため、午前8:00にJRインフォメーション・カウンターへ行ったら、すでに開いていた。すぐには予約の結果がわからないので、4時間後にまた来るように言われた。翌日来るので、誰が出ても我々の要求が伝わるよう日本語でメモを残しておくよう頼んだ。次に9:00に開く観光案内所へ行った。ここの観光スポットを尋ねると、藻岩(もいわ)山を勧められた。車椅子向きのアクセスが付いている観光案内地図によると、中島駅まで地下鉄に乗らなければならない。自動販売機で切符を買い、色の指示に従って進み、地下鉄に乗る。この駅は車椅子でのアクセスが出来ないと知ってショックだった。1つ前の幌平橋駅で降りるべきだった。降りたホームからは出られず、反対側のホームへ移らねばならない。相棒は近くにエレベーターがないか、しきりに探していた。駅員はうまく説明できず、パニック状態になって電話をしていた。近くに居た別の駅員が英語で説明に努めてくれた。相棒は駅員の一人について行き、姿が見えなくなってしまった。 何人かの駅員が急いで私の方へやって来た。しかし彼らは相棒が戻って来ないので何も行動を起こせない。5分以上待たされた。2人の駅員が私の両側に回ってグリップを握り、角度を調節して車椅子を運んでくれた。もう2人はそばに待機していてくれた。彼らが歩くたびにロープで締め付けられるように感じ、最後の1歩になってやっと開放された。でも私は心から彼らに感謝し、丁寧にお礼を述べた。

地図上だけで道順を調べていただけなので、どこでタクシーを呼んだらいいか迷った。茶色の制服を着た地下鉄の駅員が近づいて来て、反対側の車線のタクシー乗り場へ連れて行ってくれた。タクシーは橋を渡り、藻岩山のロープウエイへと走った。麓のロープウエイの駅に着いた。タクシー代は1000円。ロープウエイ入り口へは車椅子にとっては急なカーブである。1100円の乗車券を買おうとカウンターの女性に尋ねたら、彼女はステイ―ル製の3段の上り階段を指差した。ショック!驚いて口もきけなかった。またもや問題にぶっつかり、途方に暮れた。他の人たちは切符を買っている。エレベーターか傾斜路でもないのだろうか。今日は本当についていない。

   ロープウェイと階段
しかし、今までに乗ったタクシーやバスで経験したことを思い出し、どんな乗り物でも挑戦してみようということになり、切符を買うことにした。我々の困った様子を見ていたのか、事務所から駅長の目黒さんという方が出て来て、私を階段の上まで持ち上げるのなら手伝おうと申し出てくれたが、相棒は「いいえ、結構です」と言って断っていた。相棒は脊髄T2とT3損傷の障害者で、6年前に手術をしたがうまくいかず、さらに悪化してC7になってしまったという経緯がある。目黒さんは私のそばへやって来て、身を低くし背負ってくれると身振りで示した。私は驚いて、小さい声で「あなたには重過ぎる」とつぶやいた。62歳だそうだ。でも彼は大丈夫だと言い張り、ちょっとの間、私の重さのバランスをとっていた。ドンと一歩踏み出し、「大丈夫」といい、私の車椅子を女性のスタッフに運ばせた。二つの長い上り階段があったが、あっという間に上ってしまった。最上段で、彼がハーハーいっているのを感じ取れた。すぐに車椅子を持ってくるように叫んでいた。私を降ろしたとき、彼の顔は高潮して真っ赤になっていた。私があまり強く背中につかまり過ぎたのだろうか。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。彼にゆっくりと運んでもらうよう言えばよかったのだろうか。女性のスタッフは車椅子を持ってくるのが遅いと叱られていた。私の車椅子は彼女が運ぶには大き過ぎたので、大分もたついていたようだ。

藻岩(もいわ)山は海抜531mで、日本ではよく知られている山の一つだ。藻岩山は昔、北海道の原住民アイヌの言葉で“インカルシペ”と呼ばれていた。ゴンドラには10人くらいの乗客が乗っている。ガイドは女性。頂上までの10分間、山の端から札幌市の全貌を望むことがでる。母なる自然を愛する地元の人たちにとって、この森は家族や仲間でハイキングを楽しむ格好の場所なのだろう。しかし、ハイカーたちの気配にこの森の動物たち − くま、しか、りす、きつね − が怯えるので気をつけた方がよいと思う。人間が近づかなければこの森は動物たちにとって楽園であろう。一方、相棒は頂上までのリフトを楽しんでいた。ゴンドラから降りたら、目黒さんが私を待っていてくれた。ニコニコしているところを見ると、下り階段は問題なさそうだ。
藻岩山山頂駅にて目黒さんと

札幌(テレビ塔、時計台)

次の行き先は大通り公園。幌平橋駅までタクシーで行き、タクシー代金1000円払う。すでに午前11:20。大通り公園駅へは来た時と同じ地下鉄に乗った。私はまだ雲の中に居るような感じがしている。この公園は市の中央に位置している。美しい色とりどりの花壇や芝生の小道に沿って銅像や噴水が見られる。冬の大通り公園は大変賑わうという。毎年札幌雪祭りがあり、ホワイト・イルミネーションが美しいので有名である。147mのテレビ塔はつんと頭を出しているので見落とすことはない。時計は1:03を指している。この塔の90mの所は観光客のための展望台になっている。その日は二人で700円で入場できてラッキーだった。エレベーターで上って行くとき、塗りたてのペンキのに臭いが鼻につき耐えられないほどだった。男の人が厚い鋼鉄の骨組みにペンキを塗っているところだった。市全体が目に入る広大な眺望だ。4階で降りて、レストランで100円引きの昼食をとる。昼時のオフィス街なので、長い行列ができている。この変わったレストランのウエイトレスが案内してくれた所は、魔法のランプのようなオイルランプで照らされた薄暗い所で、箒やたくさんの木製のものが頭上にぶら下がっていた。ちょっと早いハロウイ−ンを祝っているのかも知れない。ランチセットとデザートにアイスクリームを注文した。そのとき雨がポツポツと落ちてくるのが窓から見えた。消費税5%含めて全部で1953円だった。雨はまだ降っていたが、外へ出ることには何の抵抗も感じない。

   サッポロテレビ塔
次は必見の時計台だ。陸橋や自動車販売店を通り過ぎ、道路工事の人たちが働いている姿などを目にしながら、20分後にショッピング街に出た。しかし時計台らしきものは見えてこない。学生や店員、歩行者などにも聞いてみたが分からなかった。高層ビルをを迂回して交通渋滞の激しい通りに出ると、すぐ近くに来ている感じがした。前方に札幌駅が見えたからだ。やっと時計台に辿り着く。階段に2枚の板を渡して車椅子が通れるようにしてくれた。受付の人達が200円の入場料を取らずに入れてくれた。すでに時刻は16:10。閉館時間の17:00まであと少しだ。この木造建築の時計台は札幌農学校の訓練場として1878年に建てられた。日本で最古の時計台だそうだ。‘時計台’という字と時計台の絵が刺繍されているTシャツを2000円で求めた。相棒は降りしきる雨に耐えられなくなり、コンビニのローソンで傘を買った。それから札幌ステーション・ホテルへ戻った。

    時計台
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10月16日(水曜日)

小樽へ

快晴。予約しておいたチケットを受け取りに行く。係員は我々を見てすぐに分かり、一まとめにしたチケットを渡してくれた。私は、日付、駅名、スケジュールをチェックした。我々はJRの列車に乗り、小樽駅を目指して出発し9:30に到着。観光案内所の係員から英語で書かれたガイドブックをもらう。女性のスタッフは小樽運河へは、ほんの10分歩くだけだから、タクシーに乗る必要はないと教えてくれた。歩道を歩いていると道路工事に出くわし回り道をした。一人の男性が双眼鏡を持って二階建ての家の窓に焦点をあてて覗いているので、何をしているのだろうと思った。「のぞき魔」かと思ってよく見ると、メーター器の検針をしているところだった。軽食堂があったので、食事を注文した。けっこう時間がかかった。空腹だったが、待つ他はなかった。            
10:32までには有名な小樽運河に着いた。運河全体に沿って夜はランプの灯りがともされ、一世紀ほど経過した石造りの倉庫や石畳の道をそぞろ歩く恋人たちには、ロマンティックな雰囲気をかもしだしているのだそうだ。自然が非常に美しいので、山並みを背景に写真を撮った。1.3キロの運河の水の流れに手で触れることもできる。この辺りでは秋の気候のよい時期に、養殖の鮭は産卵のために豊平川に戻ってくる。それでこの時期にはレストランで鮭料理がよく出されるのだろう。写真を撮るために大勢の人が橋のあたりに集まっている。小道では絵描きが自分の絵を並べて売っていた。建物の方へゆっくり歩いて行き、ショッピングセンターを横切ってJR小樽駅の方へ向かった。
小樽運河小樽運河にて
札幌(サッポロビール博物館)

札幌駅からタクシーに乗り、札幌ビール博物館に向かった。フロントガラスの左の隅に600個の棒状のオレンジ色のラベルが目に入った。タクシー代金1000円を払った。サッポロビール博物館は1890年(明治時代)には札幌砂糖会社の工場だった。年月を経て、醸造所(ビール工場)と建物が完成した。1987年6月日本で唯一のビール博物館がオープンし、一般に公開された。博物館内の40分〜60分間のツアーでは、ガイドが大麦からおいしいサッポロビールを醸造する方法を説明している。それは、豊かで洗練された香りと共に、程よくバランスの取れた苦味があり、切れ味のよい味を醸しだす。厳選された原料から麦芽を作り、それを湯に浸して混ぜ、発酵、熟成、ろ過の過程を経て、容器に詰め出荷する。この博物館は車椅子使用者も見学できるようにバリアフリーになっていて、障害者のための設備の充実に心を配っている。40分のツアーの間、要所にスタッフがいて、エレベーターを操作したり、傾斜路では車いすを押してくれたり、特別な待遇を受けた。ガイドの説明は日本語だったが、あらかじめ英語で吹き込まれた説明のカセットテープを貸してくれたので、何の問題もなかった。分からなくなったら、再生すればよかった。タイムトンネルに入った。それは泡のトンネルになっている。ポスターのコーナーでは「芸者」と「モダンガール」がビール瓶を傍らに置いている。商標と証明書のコーナーでは労働者のシンボルの古い木製の赤い星が展示されている。サッポロラガービールのショーケースには朽ちかけた古い証明書や新しい証明書があった。歴史コーナーでは、開拓使醸造所は1876年6月に設立されたと記されている。中央で注目を集めていたのは金色で大きく描かれた大麦とホップを芸術的に飾り付けをした展示物だった。ツアーの最後は、三次元のイメージコーナーで、うまいビールの秘密についての「魔法の物語」が楽しかった。私が思うには、うまいサッポロビールの秘密とは、技術設備を入念に選び抜き、それを厳しい管理の下に置いていることにある。それが最良の質を不動のものにしているのだ。ビールを一口味わってみる必要はない。中が透けて見えるガラス管から流れ出てくる冷たい生ビールに手で触れるだけですごく感動した。40分の見学コースを終えて出口のドアの外を見ると、女性のスタッフが袋入りの缶ビールを手渡している。このツアーは私にとって実に素晴らしい体験だった。タクシーでホテルに戻る。我々は札幌滞在中ずっとラーメンが頭から離れなかった。

 サッポロビール工場


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